文/伊藤 みく(フリーランスジャーナリスト)
先週、我が家のポストに投函されていた水道局からのお知らせ。何気なく開封すると、「来月より水道料金改定のお知らせ」の文字が目に飛び込んできた。値上げ率は実に28%。
「えっ、こんなに上がるの?」
私だけではない。関東地方の37の自治体で水道料金の値上げが決定している。中には驚愕の40%増という自治体も。SNSでは「家計を直撃」「生活できない」といった悲鳴にも似た声が飛び交っている。
こんな大幅値上げ、一体なぜ必要なのか。現場を歩き、専門家や住民たちの生の声を集めてみた。
「水道管が限界」人知れず進む危機
「ここが先月破裂した場所です」
東京都内のとある住宅街。水道局職員の小林さん(仮名・45歳)が、アスファルトに残る修繕跡を指さした。昨年12月、真冬の早朝に突然この場所で水道管が破裂。周辺一帯が水浸しになり、約200世帯が丸一日断水した。
「この辺りの水道管は1970年代に埋設されたもの。すでに耐用年数を10年以上超えています」
高度経済成長期に日本中に張り巡らされた水道管。その多くが今、寿命を迎えている。水道局の内部資料によれば、関東地方の水道管の約35%がすでに法定耐用年数(40年)を超えているという。
「年々、破裂事故は増えています。このままでは…」
小林さんは言葉を濁したが、その意味するところは明らかだった。
「ジリ貧」の水道事業
「水道事業は、もはやジリ貧です」
東京水道経済研究所の中村誠一郎所長(58歳)はそう断言する。
「公共サービスだからといって、赤字が垂れ流されているわけではありません。水道事業は地方公営企業法により独立採算が原則。使用料金で全てをまかなう仕組みです」
その仕組みが今、機能不全を起こしている。
人口減少で水の使用量自体が減少。節水型家電の普及も追い打ちをかける。一方で、高度経済成長期に一気に整備された水道管は一斉に老朽化し、莫大な更新費用が必要となった。
「資材価格の高騰も深刻です。昨年はアスファルトが前年比21%増、鉄管が17%増。人件費も上がっています」
国土交通省の試算によれば、このままでは全国の水道事業の約半数が10年以内に経営破綻するリスクがあるという。
住民の本音「理解はできるけど…」
「理解はしているんです。でも、いきなりこれだけ上がるのは…」
神奈川県のB市に住む専業主婦の渡辺明美さん(42歳)は、来月から25%値上げされる水道料金に頭を抱える。
「夫の給料は上がらないのに、物価だけが上がり続けている。この家はローンもあるし、子どもも中学生と小学生。塾代もかかるし…」
渡辺さんの家計簿を見せてもらうと、確かに水道料金の値上げは痛手だ。月々2,500円ほどの値上げ。年間3万円の負担増となる。
「できるだけ節水するつもりです。洗濯はまとめて、お風呂の残り湯も使います。でも、限界がありますよね」
一方、千葉県C町では15%の値上げに対し、住民グループが反対運動を展開中だ。リーダーの高橋幸雄さん(67歳・年金受給者)は「情報公開が不十分」と訴える。
「なぜこれほどの値上げが必要なのか、もっと丁寧な説明が欲しい。議会も追及せず、簡単に認めてしまった」
駅前で署名活動をする高橋さんたちに足を止める人も多い。
「もっと早く対策を」専門家の指摘
「日本の水道料金は国際的に見れば依然として安い。しかし問題は、これまであまりに長く値上げを抑制し過ぎてきたことです」
京都大学の水環境工学が専門の田中教授(61歳)はそう語る。
「欧米では水道料金に将来の更新費用も含める考え方が主流。日本では毎年の収支だけを考えた料金設定が続いてきました」
田中教授の研究室の壁には、日本と欧米各国の水道料金を比較したグラフが貼られている。確かに日本はドイツやフランスの半分以下だ。
「それが今、一気に値上げせざるを得なくなった。もっと早く、緩やかに値上げしていれば、住民の負担も分散できたはずです」
広がる自治体間格差
値上げ率を自治体別に見ると、その差は歴然だ。最も高いA市の40%から最も低いF市の8%まで、その差は5倍に及ぶ。
「水道事業の経営状況や老朽化の程度によって、自治体間の格差は今後さらに広がるでしょう」と、総務省の元官僚で水道行政に詳しい政策研究大学院大学の山口准教授は指摘する。
実際、茨城県のある自治体では、値上げだけでなく基本料金体系そのものを変更。従来の逓増制(使用量が増えるほど単価が上がる)から、逓減制(使用量が増えるほど単価が下がる)へと変更し、議論を呼んでいる。
「水道は生活インフラ。自治体間で料金格差が広がれば、将来的には居住地選択の要因になりかねません」
知られざる対策と住民の工夫
値上げの波は避けられないが、住民側にもできることはある。
埼玉県のD市では、低所得世帯向けに「水道料金減免制度」を導入。年収300万円以下の世帯は申請により最大20%の減免が受けられる。しかし、担当者によれば「周知不足で利用率は1割に満たない」状況だという。
また、民間レベルでは節水グッズが人気を集めている。
池袋の大型家電量販店。「節水コーナー」には人だかりができていた。
「このシャワーヘッド、去年の3倍売れています」と店員。3,980円のこの商品、従来品より約35%節水できるという触れ込みだ。実際に我が家で使ってみたが、水圧はそのままに確かに使用量は減った。
世田谷区に住む井上さん(39歳・会社員)は家族4人で実践している節水術を教えてくれた。
「洗濯は週2回にまとめる。食器洗いは溜め洗い。トイレタンクにペットボトルを入れて容量を減らす。月々の水道代が約15%減りました」
水道、これからどうなる?
「日本の水道は曲がり角に来ています」
厚生労働省水道課の課長補佐(45歳)は表情を曇らせる。
「長年、日本は『蛇口をひねれば安全な水が出る』国として世界から羨まれてきた。その神話が今、崩れようとしています」
水道料金の値上げは、避けては通れない現実だ。ただ、この危機をチャンスと捉える動きもある。
静岡県では複数自治体が水道事業を統合し、コスト削減を実現。今後5年間は値上げを回避できる見通しだという。また、ICT技術を活用した漏水検知システムも実証実験が進む。
「水道管の老朽化は、まさに『見えない危機』。でも、だからこそ今、真剣に向き合う必要がある」と山口准教授は言う。
帰り道、街の水道工事現場を見つけ、足を止めた。普段は気にも留めないマンホールや配管。その下に、私たちの生活を支える重要なインフラが眠っていることを、改めて実感した。
(取材・執筆協力:佐々木 優)

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