文・みく(フリーランスライター)
私が新宿のカフェでノートPCを開いていると、隣のテーブルで飲食店経営者らしき男性たちの会話が耳に入ってきた。「あの判決、マジでヤバくない?」「うちも対策甘かったかも…」。彼らが話していたのは、先日報道された中華料理店への高額賠償判決のことだった。
忘れかけていた「コロナリスク」が突きつけた現実
2020年の記憶は、もう遠い過去のように感じる。マスク、三密、緊急事態宣言——。あの頃の言葉を思い出すだけで、なんだか息苦しさがよみがえる。でも先日の裁判は、私たちに「あの日々」の責任を改めて問うているようだ。
新宿歌舞伎町の中華料理店で起きた従業員の死亡事故。裁判所は「コロナ対策を怠った」として、約7000万円の損害賠償を命じた。この判決は飲食業界に激震を走らせている。
事件現場:夜の街で何が起きたのか
「あの頃の歌舞伎町は、まるで戦場のようだった」
当時を知る区役所職員はそう語る。2020年6月、感染第一波の余波が続くなか、新宿区では「夜の街クラスター」が連日報道されていた。
事件が起きたのは、そんな場所にある老舗中華料理店。40代の男性従業員が勤務中に体調不良を訴え、数日後に新型コロナ陽性が判明。入院からわずか2週間ほどで亡くなった。
遺族は「店が適切な感染対策を行っていなかった」と主張。一方、店側は「感染経路は特定できない」「行政指導に従っていた」と反論した。しかし裁判所は、店舗側に安全配慮義務違反があったと判断したのだ。

“戦場”で働くって、命がけだったんだよね…あの頃は本当に
「安全配慮義務」という重い責任

正直、私も「安全配慮義務」という言葉を初めて聞いたとき、なんだか堅苦しい法律用語だと思った。でも調べてみると、これは実は私たち働く側にとってとても大切な権利だった。
労働契約法第5条に明記されているこの義務は、企業が従業員の安全と健康を守るべき法的責任を定めている。今回の判決で、この義務が感染症のような「目に見えないリスク」にも適用されることが明確になった。
対策は十分だったのか?
裁判資料と関係者への取材から、当時の店舗の対策状況をまとめてみた。
対策項目 | 内容 | 実施状況(本件店舗) |
---|---|---|
客席の間隔 | 最低1メートル確保 | 約80cm |
アクリル板設置 | 必須(飛沫防止) | 設置なし |
マスク着用 | 従業員・客ともに推奨 | 任意で強制せず |
換気 | 1時間に2回以上 | 常時換気扇のみ |
手指消毒 | 入店時・テーブルに設置 | 一部未設置 |
体調管理 | 毎日の検温記録 | 口頭確認 |
「当時はみんなこんなもんだった」というのが店側の言い分だが、裁判所は「基本的な対策すら不十分」と厳しく指摘した。
なぜ7000万円という高額賠償に?
「この金額を聞いたとき、正直震えた」と語るのは、近隣で飲食店を営む50代男性だ。
賠償額の内訳は公表されていないが、法律の専門家によると以下のような算定になっているという。
項目 | 金額 | 内容 |
---|---|---|
死亡慰謝料 | 約3000万円 | 被害者本人への精神的損害 |
遺族慰謝料 | 約1000万円 | 配偶者・子どもへの補償 |
逸失利益 | 約2500万円 | 将来得られるはずだった収入 |
葬儀費用等 | 約500万円 | 実費・損害 |
「命の値段」という言い方は不適切かもしれないが、この判決は「一人の従業員の命」と「企業の責任」を金額で明確に示した点で衝撃的だった。
現場からの生の声
判決を受けて、SNSでは飲食店経営者から様々な声が上がっている。
「正直、あの頃はどこも手探りだった。でも今思えば、もっとできることはあったかも」(居酒屋経営、30代)
「この判決を機に、従業員の健康管理に関する社内ルールを全面的に見直している」(レストランチェーン役員、40代)
一方、現場で働く側からは、また別の視点の声も。
「コロナで休んだら『甘え』と言われた店もあった。この判決は働く側の権利を守るものだと思う」(元飲食店スタッフ、20代)
私自身、アルバイト時代を思い返すと、体調不良でも休みにくい雰囲気があった。それが「命に関わる」となると、単なる労働環境の問題ではなくなる。

“休めない空気”って、あの頃は当たり前だったけど…命の重さを考えると怖いよね
これからの「安全」と「責任」
弁護士の川崎さん(仮名)は、今後の対策について次のようにアドバイスする。
「今後は『やっていた』ではなく『やっていた証拠がある』ことが重要になります。検温記録、換気記録、対応マニュアルなど、きちんと文書化して保存することが必要です」
具体的には、以下のような管理が求められるという。
管理項目 | 証拠方法 |
---|---|
従業員の検温 | アプリや紙の記録を保存 |
店舗換気の状況 | CO2濃度モニターの導入 |
清掃・消毒履歴 | 日報にチェック形式で記録 |
感染時の対応フロー | マニュアルと対応履歴 |
こうした対策は面倒かもしれないが、従業員と企業の両方を守るために必要なプロセスだ。
この判決が残したもの
取材を終えて帰宅する電車の中、ふと周りを見渡すと、もうマスクをしている人はほとんどいない。コロナが「過去のこと」になりつつある今だからこそ、この判決の意味を考えるべきだと思う。
この事件は単なる「コロナ訴訟」ではない。企業と従業員の関係、働く環境の安全、そして何より「人の命をどう守るか」という根本的な問いを私たちに投げかけている。
次の感染症が来たとき——それはコロナのようなパンデミックかもしれないし、もっと身近な季節性インフルエンザかもしれない——私たちはこの教訓を活かせるだろうか。
7000万円という金額は確かに衝撃的だけれど、それ以上に、この判決が企業に問うているのは「従業員の命」という価値観なのかもしれない。
私は飲食店で働いたことがある身として、この判決をきっかけに、働きやすく、そして何より安全な環境が増えることを願う。そこに「当たり前」という言葉が必要なくなる日が来ることを。
(了)
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