文・社会部ルポライター みく
「また起きてしまった」
そう絶句したのは、私がSNSで目にした信じがたい投稿を見たときだった。回転寿司チェーン「くら寿司」のテーブル上に、あろうことか避妊具(コンドーム)が置かれている写真。学生たちの笑い声が聞こえてきそうな、明るい店内の雰囲気と不釣り合いな光景に、胸が締め付けられた。
新年度早々に起きた”飲食テロ”

2025年4月1日。桜が咲き誇る季節、新しい出会いや別れの時期に起きたこの出来事は、私たちの社会が抱える闇をあらためて見せつけた。
「何度同じことを繰り返せば気が済むのか」というコメントが相次ぐ中、くら寿司側は迅速な対応に追われたという。
この「避妊具事件」は、決して単独の問題として片付けられない。ここには、SNS時代の承認欲求、消費社会の歪み、教育の限界など、様々な要素が絡み合っている。私は現場に足を運び、関係者への取材を重ねた。
飲食テロの本質──SNS時代の承認欲求が生み出す怪物
「飲食テロ」。この言葉自体は2020年頃から広まったとされるが、その行為自体は昔からあった。しかし、SNSという拡散装置を得たことで、その悪質さと影響力は格段に増した。
「私が大学生の頃もバイト先でふざけることはあったけど、それを撮影して公開するなんて考えもしなかった」。飲食店経営コンサルタントの田中さん(仮名・45歳)はそう語る。
飲食テロの主な形は以下のようなものだ。
- 商品を素手で触る、舐める、そして元に戻す
- 店内設備の破壊や異物混入
- 性的・不適切な行為の演出と撮影
- 他の客に対する迷惑行為
今回のケースは明らかに3と4に該当する。しかもその「主役」は避妊具という、食事の場にあってはならないものだ。
私がこの事件について調べていく中で見えてきたのは、「バズること=自分の価値の証明」という歪んだ等式だった。犯人は単に迷惑をかけたいわけではない。むしろ「話題になること」「注目されること」そのものが目的化している。これが一番の問題点だと感じた。

「“バズれば勝ち”って思考が、どんどん常識壊してるのが怖いんだよね…」
事件の経緯と店舗側の対応
この日、くら寿司の東京都内の店舗で起きた出来事は、まさに晴天の霹靂だった。平日の昼下がり、家族連れや学生で賑わう店内。そこに突如現れた「避妊具」。
私が入手した情報によると、事件発覚の流れは以下の通りだ。
- 14時頃:他の客が異物を発見し、店員に報告
- 14時10分:店舗責任者が現場確認、即座に除去・消毒
- 14時30分:本社に連絡、防犯カメラの確認開始
- 15時頃:SNSに写真が投稿され始める
- 16時:くら寿司公式アカウントが状況確認の投稿
くら寿司の危機管理体制は過去の教訓から整備されていたようだ。店舗責任者の男性(34歳)は「過去の事例を教訓に、このような事態への対応マニュアルは整備されていました」と語る。
しかし、どれだけ対策を講じても、悪意ある行為を100%防ぐことは難しい。そこに飲食業界の苦悩がある。
若者たちの心の奥底に潜むもの

「正直に言うと、少しだけわかる気がする」
取材中、ある大学生(20歳・女性)がつぶやいた言葉に、私は耳を疑った。彼女は続ける。
「SNSで認められたい気持ちがあまりにも強くて。でも普通のことじゃ全然注目されない。だから過激なことをする。私はやらないけど、その気持ちはわかる」
この言葉に、現代の若者が抱える根深い問題が表れている。彼らの行動の背景には、以下のような心理メカニズムがあるのではないだろうか。
- デジタル・ナルシシズム:自分の価値がSNSでの反応に依存している状態
- 責任感の希薄化:「匿名だから」「その場限りだから」と罪悪感が薄れる
- 模倣と学習:他者の「成功例」(バズった投稿)を真似たくなる心理
とくに気になったのは、心理学者の西村教授(42歳)の分析だ。
「今の若者たちはリアルな人間関係が希薄で、SNSでの承認が唯一の自己肯定感の源になっている場合があります。そのときに『何をしても良い』という歯止めが効かなくなるのです」
この分析は、コロナ禍を経験した今の若者たちの孤独を浮き彫りにしている。
飲食店側の苦悩──対応の限界
取材を進める中で、飲食店側の現実的な苦悩も見えてきた。
「正直、完璧な対策なんてない」
大手チェーン店の元店長(38歳・男性)は率直に語る。店舗でできる対策は限られている。
- 防犯カメラの増設と死角の排除
- 従業員教育の徹底
- 迅速な初動対応体制の構築
- SNSモニタリングの強化
だが、これらも万全ではない。カメラが行き届かない場所はあるし、人員不足の中で常に目を光らせることも難しい。そして何より、「お客様」という立場を逆手に取られると、その場での制止も難しいのだ。
法的にはどうなのか──罰則と抑止力
今回の行為は明らかに法律違反の可能性が高い。弁護士の山田氏(50歳)によれば、以下のような罪に問われる可能性があるという。
- 威力業務妨害罪:最大3年以下の懲役または50万円以下の罰金
- 軽犯罪法違反:公共の場での不適切行為
- 民事損害賠償:営業損失や風評被害に対する賠償
実際、2023年のスシロー事件では約6700万円の損害賠償が請求された。しかし、これが十分な抑止力になっているとは言い難い。むしろ「バレなければ大丈夫」という甘い考えが横行している印象さえ受ける。
教育の役割と限界
問題の根本解決には教育が欠かせない。しかし、現状の教育では対応しきれていないのも事実だ。
教育関係者への取材で見えてきたのは、「情報モラル教育」の不足だ。学校では「SNSで悪口を書かない」程度の指導はあっても、「なぜそれが他者を傷つけるのか」という本質的な議論は不足している。
地方の高校教師(41歳・女性)は嘆く。
「教科書通りの道徳教育では追いつかない。リアルな事例を使った議論が必要なのに、そこまで踏み込めないのが現状です」
私は取材を通じて、家庭と学校と社会が連携した教育の必要性を強く感じた。特に以下のような取り組みが重要ではないだろうか。
- 保護者を交えたSNSリテラシー教育
- 実際の炎上事例を用いたディスカッション
- 「注目される」以外の自己肯定感の育成
企業の危機管理とブランド信頼の再構築
くら寿司に限らず、飲食チェーン各社は過去の事件から学び、危機管理体制を強化してきた。今回のくら寿司の対応も、比較的迅速だったと言える。
しかし、企業側にはいくつかの課題も残る。
「事件後の対応こそがブランドの真価を問われる時」と語るのは、PR会社の責任者(46歳・女性)だ。彼女によれば、信頼回復には3つの要素が重要だという。
- 透明性のある情報公開:隠さず、ごまかさず伝える
- 迅速な初動と継続的な対策:一時的でない取り組み
- 共感を得るメッセージング:「なぜ大切か」を伝える
今後、くら寿司がこの事件をどう乗り越えていくのか、私は注目している。
私たちに突きつけられた問い
取材を終えて強く感じたのは、この「避妊具事件」は決して他人事ではないということだ。この問題は加害者と企業だけの問題ではない。私たち消費者、SNSユーザー、そして社会全体に突きつけられた問いでもある。
「こんな投稿、面白くないよね」と友人に言える勇気。
「これは拡散すべきではない」と判断できる冷静さ。
そして何より、SNSの「いいね」以外で自分の価値を見出せる社会。
私たちはそれを作れているだろうか。
テーブルに無造作に置かれた避妊具は、単なるいたずらではなく、私たちの社会の歪みを映し出す鏡だったのかもしれない。
この事件を追いかけて2週間。取材の最後に、くら寿司の店長(39歳)がポツリと漏らした言葉が忘れられない。
「お客様に安心して食事を楽しんでいただきたい。ただそれだけなんです」
その当たり前の願いが叶う社会であってほしい。そう強く願わずにはいられない。
(了)
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