【解説】連休中日の参院選に見る“選挙制度の限界”──現場・有権者・専門家の声が突きつける課題
※この記事は報道記事を基にした解説・分析記事であり、課題の理解を深めるために一部に想定シナリオを含みます。個人情報保護のため、関係者の個人名は仮名表記としています。
3連休のど真ん中で参院選、選管から愚痴「他の日程だったら…」
みく(ルポライター)
「職員から『連休で予定を入れている』と出勤を断られました。他の日程なら対応してくれたかもしれませんが……」
毎日新聞の報道によると、ある選挙管理委員会の担当者がこうため息混じりに語ったという。7月20日の投開票日は3連休の中日。総務省によると、参院選が連休中に行われるのは史上初のケースだ。
この報道を受けて、私は選挙制度が抱える構造的課題について分析を行った。現場の声と専門家の見解、そして過去のデータから見えてきたのは、制度と現実の間にある深い溝だった。
📍報道で明らかになった現場の実情
毎日新聞の取材で浮き彫りになった、史上初の連休中日選挙の影響。
埼玉県飯能市では、参院選と同日選で市長選を予定している。選管の担当者は「連休の中日ではありますが、有権者が足を運びやすいので参院選と日程を合わせました。経費削減の面もあります」と話す。
一方で、同担当者は「連休で出掛けやすいので、多少は影響はあるかもしれません。期日前投票を呼びかけたい」とも語っている。
報道では、より深刻な問題も明らかになった。投開票日には開票作業などで多くの職員が必要となるが、出勤を断られるケースも出ているという。

連休中の選挙、投票も人手も読めないのがリアルな課題かも🗳️」
🗣️有権者の率直な懸念
79歳女性の疑問が代弁する、多くの市民の不安。
東京都足立区に住む小川敦子さん(79)は「連休の中日だと投票率も下がるのではないでしょうか。連休の真ん中ではなく、もっと後ろにずらすなどしてほしかったです」と疑問を呈す。
小川さんは選挙で棄権したことは一度もなく、必ず投票所に足を運んでいるという。「投票率が下がっているのに、その選挙が有効だというのは私はおかしいと思います。いろんな思いの人が大事な1票を行使できる日にしてほしいです」
この声は、多くの有権者が抱く懸念を代弁している。
📊データが示す投票率低下の現実
総務省統計から読み解く、日本の選挙が直面している課題。
総務省「国政選挙における投票率の推移について」によると、国政選挙の投票率は、令和6年10月に行われた第50回衆議院議員総選挙では53.85%、令和4年7月に行われた第26回参議院議員通常選挙では52.05%となっている。
特に深刻なのが若年層の投票率だ。総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」によると、2024年衆院選では10歳代が39.43%、20歳代が34.62%、30歳代が45.66%となっており、2022年参院選では10歳代が35.42%、20歳代が33.99%、30歳代が44.80%と、いずれも低水準にとどまっている。
一方で期日前投票は増加傾向にある。衆院選として初めて期日前投票が実施された2005年から2017年までの推移を見ると、期日前投票者数は2005年は約900万人だったが、2017年は約2,100万人に達し、総投票者数の約37%を占めた。
しかし重要な発見がある。2017年は期日前投票数が大幅に増加したにもかかわらず投票率は53.68%と過去2番目に低い水準だった。期日前投票の増加は、必ずしも全体の投票率向上につながっていない。
💡専門家による制度分析
選挙制度研究の知見から見える課題と展望。
この問題について、選挙制度研究の専門家による過去の研究が参考になる。
関西学院大学法学部の山田真裕教授(政治過程論)は1992年の日本選挙学会『選挙研究』において「投票率の要因分析」を発表し、1979年から1986年の総選挙データを詳細に分析している。この研究は投票率に影響する要因を体系的に解明した重要な業績として評価されている。
また、投票率低下が世代間格差に与える影響について、京都産業大学法学部の中井歩教授の研究が注目される。同教授の論文「若者の投票率と『行けたら行くわ』の受け止め方について」(2021年)では、投票率と国の予算配分の関係について詳しく分析されている。
同論文では「20代から40代の投票率が1%低下すると若い世代にとって年間13万5,000円の損になるという試算があります」として、東北大学院教授による試算(朝日新聞デジタル2013年7月20日報道)を紹介している。ただし、「より厳密な時系列分析をすると、若年層の投票率と世代間格差との間に相関は見られないという指摘もあります」とも述べており、単純な因果関係の解釈には注意が必要としている。
🌍海外事例:エストニアの経験から学ぶ教訓
世界最先端のネット投票導入国でも、投票率向上効果は限定的という現実。
投票環境改善の参考として、エストニアの事例が注目される。情報通信総合研究所の研究レポート「2023年、インターネット投票のいま」によると、2023年3月のエストニア議会選挙では、インターネット投票の利用率が右肩上がりとなっており、2019年の国政選挙では43.8%、2021年の地方選挙では46.6%を記録している。一方、投票率は国政選挙65%弱、地方選挙50%台で概ね安定している。
しかし重要な事実がある。同レポートでは「『インターネット投票の導入で投票率を上げよう』という期待の声も日本国内では散見される。残念ながら、エストニアの投票結果をみると、i-vote投票率は伸びているが『投票率』自体には影響がないことがみてとれる。インターネット投票が投票率を上げる効果がほとんどないことについては、エストニアの議員も発言の中でこれを認めている」と指摘されている。
また、選挙ドットコムの分析記事「世界で唯一すべての国民がインターネットで投票できるエストニアの投票環境とは?」(2023年2月)では、「エストニアの事例からは、『インターネット投票が実施されていないから若年層の投票率が低くなっている』との主張をすることも難しくなりそうです」と結論づけている。
🚨日本の実証実験の現状
つくば市から始まる段階的導入への取り組み。
日本でも投票環境改善への取り組みが進んでいる。つくば市では、2024年10月に実施される市長選挙・市議会議員選挙で、インターネットによる投票を実施することを予定していた。
同市の背景には、市内全域を網羅する公共交通機関がなく、自家用車がないと移動が困難で、投票所までの移動手段もないという問題がある。2020年の市長選挙・市議会議員選挙では、マイカーを持たない20代や身体的理由から移動が困難な80代以上の投票率が非常に低く、投票率は過去最低の51.6%を記録した。
実証実験では、マイナンバーカードを活用した本人確認システムが導入され、はがきに記載されたQRコードをスマートフォンで読み取り、16桁の投票人登録用コードと10桁の投票用コード、マイナンバーカードの個人用認証コードを入力する仕組みが採用されている。
📋3連休中日選挙の予想される影響
過去のデータと現場の声から推測される具体的な問題。
※以下は報道内容と過去データを基にした想定シナリオです
3連休中日の選挙実施により、以下のような影響が予想される:
投票所運営への影響
- 選挙事務従事者の確保困難(報道で実際に確認済み)
- 会場確保の競合(地域イベント、施設利用との重複)
- 有権者への情報伝達期間の短縮
有権者の投票行動への影響
- 期日前投票のさらなる集中
- 当日投票所の混雑または閑散
- 旅行・帰省との重複による棄権増加
期日前投票所での想定される状況 2024年衆院選では期日前投票が2,095万人に達し、前回比1.8%増で過去2番目の多さとなり、有権者数に占める割合は20.11%に上昇しており、3連休前の集中により、さらなる混雑が予想される。
💡制度改善への道筋
総務省研究会の提言と実現可能な対策。
総務省では「投票環境の向上方策等に関する研究会」を開催し、選挙の公正を確保しつつ、有権者が投票しやすい環境を整備するための具体的方策等について、研究・検討を進めている。
昨年12月からは、投票しにくい状況にある選挙人の投票環境向上及び選挙における選挙人等の負担軽減、管理執行の合理化について、ICTの利活用などによりいかなる取組ができるか検討を行ってきたという。
短期的改善案(現行制度内で可能)
- 期日前投票所の拡充と時間延長
- 投票所変更時の多重通知システム導入
- SNSを活用した積極的な情報発信
中期的改革(法改正を伴う)
- 特定層(高齢者、障害者、在外邦人)への郵送・デジタル投票拡大
- 移動投票所の本格運用
- マイナンバーカード活用投票システムの段階的導入
長期的展望(制度の抜本改革)
- 全有権者対象のハイブリッド投票システム(紙・デジタル選択制)
- ブロックチェーン技術活用による透明性確保
- AI活用による政策情報提供システム
結論:史上初の事態が問いかけるもの
3連休中日の参院選は、図らずも日本の選挙制度が抱える構造的課題を浮き彫りにした。選管職員の「職員から『連休で予定を入れている』と出勤を断られました」という言葉は、単なる愚痴ではなく、制度の限界を示す重要な証言だ。
小川敦子さんの「いろんな思いの人が大事な1票を行使できる日にしてほしい」という願いは、多くの有権者の思いを代弁している。
エストニアの経験が示すように、技術的解決策だけでは投票率向上の根本的解決にはならない。重要なのは、多様化する市民の生活スタイルに対応した選択肢を段階的に提供することだ。
中井歩教授が指摘するように、「政治家や政党に自分たちのことを顧みさせるためには、彼ら・彼女たちに『投票にはまず来ないだろう』と思わせていてはいけない」。今回の3連休中日選挙の実際の結果と影響を詳細に分析し、次回の選挙制度改善に活かすことが求められる。
史上初の連休中日選挙は、私たちに選挙制度の在り方を見つめ直す機会を与えた。この経験を無駄にせず、より良い民主主義の実現に向けた具体的な改革につなげていく必要がある。

3連休中日の選挙って、制度の限界を問うリアルな試金石だよね🗳️
この記事で参照した主なデータソース
- 毎日新聞「3連休のど真ん中で参院選、選管から愚痴『他の日程だったら…』」(2025年6月24日)
- 総務省「国政選挙における投票率の推移」
- 総務省「投票環境の向上方策等に関する研究会報告の公表」
- 山田真裕「投票率の要因分析」(日本選挙学会『選挙研究』1992年)
- 中井歩「若者の投票率と『行けたら行くわ』の受け止め方について」(京都産業大学、2021年)
- 情報通信総合研究所「2023年、インターネット投票のいま」(2023年6月)
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